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父はフキノトウが好きだった

×月×日
 おだやかな日和にさそわれて、庭に出てみる。片すみにフキノトウが小さな芽をふくらませている。かたくとざした葉の中では小さな花が春の気配を感じてじっと待っているだろう。かわいらしい風情が大好きで探し求めて庭に植えたものである。
 雪深い山陰に生まれ育った私は、雪にうもれてじっと春を待つ時期は、それなりに充実したものではあったが、今年ほど春を心待ちにした年はなかった。
 父が暮れに突然亡くなった。まだ50代で働きざかりであったのに、手のしびれを訴え、病院で検査を受けた翌朝には意識不明となった。そしてとうとう一言もしゃべらず、わたしの手をにぎりかえしてくれることもなく亡くなった。庭一杯に花が開く春を、あれだけ待ち望んでいたのに。
 春の味覚が大好きだった父。フキノトウのほろ苦さ、鮮やかな色の菜の花漬け。
「近ごろは菜の花も、めっきり少なくなったなあ」と父は寂しがっていた。
 菜の花漬けをたくさん仏前に供え、ともに春を味わいたいと思う。
 
     昭和52年 3月13日   読売新聞   ( 私の日記から )  掲載

by abeliam | 2007-09-18 23:40 | Trackback | Comments(0)