ふるさとで心の洗たく
×月×日
吸いこまれそうな海、遠い闇の中に、イカ釣り舟の灯が見える。潮のにおいと冷ややかな風が、ほてる体に心地よい。
懐かしい方言に囲まれ、手足を思いっきり伸ばし、今、ふるさとにいる。その細い道を曲がりくねって上っていくと、確か崩れかけた、住む人もない小さなわらぶきの家があった。その下は、コバルトブルーを塗りたくったような水面だった。自然の中のここかしこに青春の思い出がころがっている。
朝の浜辺で貝がらを差し出した人を見上げることも出来ずにいたあのころ。突然声をかけられて、返事も出来ず、うつむいた遠い日。
高慢さと、したたかさと、あつかましさを、ぜい肉とともに蓄えてしまった私。都会のほこりにまみれた私ではあるが、ふるさとはすべてを洗い流してくれる。
昭和53年 9月1日 読売新聞 「私の日記から」 掲載
吸いこまれそうな海、遠い闇の中に、イカ釣り舟の灯が見える。潮のにおいと冷ややかな風が、ほてる体に心地よい。
懐かしい方言に囲まれ、手足を思いっきり伸ばし、今、ふるさとにいる。その細い道を曲がりくねって上っていくと、確か崩れかけた、住む人もない小さなわらぶきの家があった。その下は、コバルトブルーを塗りたくったような水面だった。自然の中のここかしこに青春の思い出がころがっている。
朝の浜辺で貝がらを差し出した人を見上げることも出来ずにいたあのころ。突然声をかけられて、返事も出来ず、うつむいた遠い日。
高慢さと、したたかさと、あつかましさを、ぜい肉とともに蓄えてしまった私。都会のほこりにまみれた私ではあるが、ふるさとはすべてを洗い流してくれる。
昭和53年 9月1日 読売新聞 「私の日記から」 掲載
by abeliam | 2007-09-24 17:30 | Trackback | Comments(0)

