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今から人間で生きたい

×月×日
 「大きい!」新聞の活字がこんなに大きく、鮮明だったなんてと、妙な感激をしてしまった。目だけはだれにも負けないと自負していたのに、寄る年波には勝てず、仕事の図面を近づけたり離したり、みけんにしわを寄せたりする毎日だった。とうとう老眼鏡のお世話になることと相なった。一抹の寂しさが襲う。
 しかし、四年前のあの日を思い出した。娘の高校の卒業式の祝辞。一人だけ一言だけ心に焼きついている。「今さら人間にならないで、今から人間になってほしい。()と()たった一文字の違いだが、今後この差がどれだけ大きくなるのかを考えてほしい」
 このとき私は子供たちへではなく、私たち父母に対する応援歌と受け止めた。青春真っ盛りの子供たちの頭の中を心地よくすり抜けていった言葉だろうが、私にはずっしりと響いた。
 そのころから年齢を口にすることへの抵抗感が消えた。学ぶことや行動に「今さら」がなければ胸を張って年を言える。
 この不況下に年齢制限を口にしないで、しかも好条件で雇ってくれた職場に対しても、自分自身に対しても「今から」人間で頑張ろうと思う。五十になっても六十になっても「今から」人間で生きたい。

        1993年 8月 28日    読売新聞   ティータイム掲載

by abeliam | 2008-04-02 16:35 | Trackback | Comments(0)