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亡き母へカーネーション

×月×日
 岡山県牛窓町から、鹿久居島のある日生町の日生海岸に向かう窓外は、どんよりとした冬の空と暗い海が続いていた。
 久しぶりの墓参りである。幼いころ母を亡くして、何度通った道だろう。
 出掛ける早朝、庭で菊を切っていた時、季節はずれの赤いカーネーションが一輪、片隅に咲いているのを見つけた。それを菊の花束にしのばせた。
 悲しい思い出の花である。
 当時、母の日になると、子供たちは造花の赤いカーネーションを胸に付けていた。誇らしげな友が私より大きく見えた。
 父は母の分も慈しんで育ててくれた。けれど母のいない寂しさはいやされなかった。
 やがて歳月は母の影を少しずつ風化させ、おぼろげな思い出が完成しないジグソーパズルのようになっていった。手のぬくもりや深い愛情は記憶の片隅にもない。
 墓参り。報告は山ほどある。
 「子供達は大学生、成人式を終えました。あなたのやり遂げられなかった子育てを、ちゃんと代わりにやったから、これを親孝行として下さい」 
 最初で最後の母の日。この日のために咲いたカーネーションを贈った。長年の心残りが一つ消えたような安ど感に包まれていた。

         1994年  12月28日   読売新聞   ティータイム 掲載

by abeliam | 2008-04-18 17:04 | Trackback | Comments(0)