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茅葺の家を訪ねて

  ×月×日
 秋深まる山里の茅葺の家。京都府のやまあい、ダムの底に沈むはずの家を移築し、資料館としている。茅のにおいが優しい。
 ゆっくりとした時の流れの中に身を置くと、田舎の茅葺の家を思い出す。筵を編んでいる姉さんかぶりの祖母の姿や、大漁のアユの入った魚籠を片手に上機嫌の祖父の笑顔が浮かぶ。
 幼いころ母を亡くし、安息の居場所のなかった私だが、茅葺の家は祖父母の優しさに包まれ、心底手足の伸ばせる場所だった。
 つるべ落としの日が沈み、冷気が漂うころ、五右衛門ぶろのたき口でパチパチと落ち葉が燃える。もうすぐ、囲炉裏の周りで車座になり、夕餉の膳を囲むころ。40年余り昔だが、鮮明に心に残る。
 祖父母亡き後、家は取り壊された。跡地にたたずみ、「どうして、どうして」という思いが募った。
その後モダンな家が建ち、私の足は遠のいた。
 たまに立ち寄る私には心地よい家でも、生活を営む人たちには、維持するのも多大な労力を要し、不自由きわまりない家だった。私の勝手なノスタルジアと気づいたのは、後年になってからである。
 資料館の茅葺家に秋雨が降りそそぐ。人は心をいやし一時羽を休め、明日への活力を蓄え、また現実の生活に戻る。心のふるさととして、ぜひこの家を保存してほしい。山里の秋の風情を心にとどめて帰途についた。疲れたとき、また心をいやしに来ます。
        平成12年 11月 25日    朝日新聞   ひととき   掲載

by abeliam | 2008-11-18 17:29 | Trackback | Comments(0)